BUMP OF CHIKEN TOUR DIARY



NEW SINGLE
New
Maxi Single

『車輪の唄』
TFCC-89121
発売日:2004/12/01
価格:¥1,050(税込)
BUY

NEW DVD
『ユグドラシル』
TFBQ-18053
発売日:2004/12/01
価格:¥3,000(税込)
BUY

VIDEO COMMENT
メンバーから「車輪の唄(Single Edit)」についてのビデオコメントが到着!
MediaPlayer
1MHIGHLOW

Real Player
1MHIGHLOW

LINK
アーティストデータ
オフィシャルサイト

excite
韓国レポート Vol.2
2004/12/19 (日) 韓国2日目

 朝、増川と藤原が「出し抜き」買い物に行ったことを昼の集合時間に知る。何となく「明洞(ミョンドン)」をブラブラしたようだ。

 今日の1発目の行事は、「石焼ビビンバを食べよう!」。今回は仕切りに震えるほどの快感を覚えるという、「鷲鼻のノム」ことマネージャーの野村さんと地元スタッフがかなり絶妙のコーディネートをしたという自負があるらしい。ビビンバ屋に入る時も、「どうだ、びっくりするぜ。口の中が美味しさにヤられるぜ」という表情で自慢気に導いてくれる。
 実際にこれが美味しくて、しかも付け合せの「チヂミ」が、もうムチモチ具合が堪らなくて、はい降参です。メンバーもみんな石まで食い尽くさんばかりの勢いで、ガシガシ食ってます。しかし、一人だけビビンバの赤みが極端に少なく、黄色いどんぶりにスプーンを入れている男がいます。藤原です。僕はとっさに思いました。
「やっぱ、フジはすげえ」
と。何故ならば、彼は今日のライヴのことを考え、喉を炒めては、いや、痛めてはいけないと思ったからこそ、コチュジャンを除いて、喉に優しいどんぶりを食ってるんです。そうに違いありません。ボクサーのようなセルフ・コントロールっぷりに感動を覚えました。僕は言いました、「いつもライヴの前に刺激物を入れないのは、苦痛だろうね」と。藤原は言いました。「いや、だって辛いの、喰えないんだもん」。
 ……………喰えないんだって。苦手なんだって、辛いの。何だ、ただのガキの舌なだけじゃん。「喰えないもんは仕方ないだろ。人生、3%ほど損してるかな?」と語りながら、動じることなくスプーンをすすめてます。

  ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 再びバスに乗り込み、ライヴハウスに向かう。後ろのほうから「ふっふっふ」という腹式呼吸の音が聞こえて来た。しばらくすると、ファルセット・ヴォイスの歌が聞こえてくる。大好きな歌なもので、すぐに何なのか気づいた。マイケル・ジャクソンの“マン・イン・ザ・ミラー”だ。藤原はマイケル・ジャクソンが大好きで、以前からリハーサルの合い間によく“今夜はビート・イット”のギター・リフを弾いていた。今日はギターではなく、歌だ。しかも歌う前に腹式呼吸付きだ。彼にとっては当たり前の作業なのだろうが、バスで歌うのに腹式呼吸を聞いたのは初めてだ。というか、ライヴ・ハウスに行く途中で歌をマジで歌いだすヴォーカリストを見たのも初めてだ。この音楽星人は、骨の髄までストイックです。音楽に関しては――――。
 以前にソウルでライヴをした時の話をしてくれた。フェスに出た時は、ある海外アーティストのマネージャーのエゴイスティックな応対に多くのバンドやスタッフが迷惑したが、その時に猛然と喰って掛かってフェスの流れを取り戻そうとしてくれたのが、今回の韓国サイドのスタッフだという話。「すごい(ライヴが)良かった!」とキスしてきた、ハイテンションなリスナーのこと。いろいろな体験をしたが、一つ一つがとてもハイ・テンションでエネルギーだらけだったと、笑いながら語ってくれた。
  
 ライヴ・ハウスに着いた。かなりの人数のファンが待ち受けている。到着した瞬間にバスを取り囲む。熱狂。バスからメンバーが降りる。熱狂。メンバーが歩く。熱狂。たくさんのプレゼントを渡す。大熱狂。楽屋に入っていく。たどたどしい日本語で「ケッコンシテ~」と大絶叫。凄い歓迎っぷりに驚いていると、ちゃまが「ね、言った通りでしょ」と笑いながらサウンド・チェックに行った。
 ライヴ・ハウスはROLLING HALLというところで、新しいヴェニューだという。大きさは600人マックスな感じ。バンプの東京のホームでもあった下北沢CLUB251とリキッドルームを足して2で割ったぐらいの大きさ。地下にあるのだが、1階にはファミマがドンと営業していた。楽屋には「韓国巻物」が置いてあった。ビビンバの具が巻かれた巻物の寿司。これは日本の回転寿司屋も導入すべきだろう。カリフォルニア巻きやハワイ巻きがあるんだから、ソウルビビンバばんばばば~ん!とかいう名前で廻しに廻したら、このご時世だし結構ウケると思う。美味かったのだ。

 リハ、今年最後のリハを行なっている。電圧が違うことを含め、いつもとは違う状況に戸惑いを見せるスタッフも多かった。外にはさらに多くのオーディエンスが集まり、もう何か、「魂の宴会状態」な感じに見えた。ライヴハウスの前にはパチンコ屋前のお祝いの花のようなものが何個か置いてあって、最初はバンプへの花なのかと思っていたら全然違って、前の晩に開かれたヒップホップ・パーティーのものだった。何で知ったかというと、ずっと凝視している僕に教えてくれた人がいたからだ。

 そう、韓国の言語は、「言葉」以上に「文字」が難しい。

 どう見ても、あのハングル文字の感覚がわからない。中国語は結構わかるんです。漢字だし、文字を見ていると何を語ろうとしているのか、僕は中国ではわかったのです。しかし、中国より距離的に近い韓国の文字は、何をその文字が意味しているのか、全くわからなかった。手がかりすら見つけられなかった。
 基本的に、韓国の文字は、丸と線によって構成されている。僕にはその文字が「文字」ではなく、「マーク」に見えるのね。ロゴというか、マーク。車で移動している時も、都心を外れると、英語もなくマークしか見えなくなる。そうなると、僕には景色の中から文字がなくなって、マークだけが目に飛び込んでくるような錯覚に陥った。―――これは結構、自分の視界にとってはシュールな出来事だった。ちょっとだけ、目の前の景色に酔っ払う感覚だ。
…………さらに言うと、「土偶」なのだ。ハングル語の丸の字が、土偶の面玉のように見えるのだ。土偶の目って、何考えてるのか全くわからないじゃない。しかし、確実に何らかのテレパシーを送っている感じがするじゃない。いや、絶対にあの「眼」は、何かのサインを送っているのだ。けど、それが何なのかわからない。僕は土偶の写真と目が合う度に、「うー、気持ちがわからんで、ほんとすいません」と申し訳ない気持ちを感じる。それだけ土偶の目の玉の丸にはオーラがあるのだ。それと同じ。ハングル語の丸にはオーラとエネルギーを感じる。しかし、それが何なのかわからない。

 と、不思議そうに花輪の文字を見ていたら、韓国のバンプのファンが「これはバンプとは関係ないから」と教えてくれたのだ。その方々は僕の顔も名前も知っていた。日本から音楽雑誌を取り寄せてチェックしたりしているようだ。凄い情報力だ。以前『ロッキング・オン・ジャパン』を作っていた時、読者の方から韓国土産として一つの雑誌をもらった。それはたしか「ロッキン・ジャパン」という名前のもので、中身は日本のヴィジュアル系のバンドを扱っている韓国の音楽誌だった。まだあるのかなあ? 今回の旅行では見つけられなかったが。見つけられなかったといえば、本屋が本当に少なかった。CDショップも少ないなあと思ったが、でもライヴハウスの周りは大学街ということもあり、結構あった。でも本屋は本当に巡り合わなかった。これはどういうことなんだろうな?

 そんなふうに街のチェックを入れている間にリハーサルが終わった。やはりいろいろと難しかったようだ。しかし、バンドは今回のツアーで随分とタフになった。幕張でもいろいろな難しい局面があったが、葛藤を乗り越えてここまで来た。だからなのだろう、メンバーそれぞれが「遊びで来たんじゃないから」、「ZEPP東京から始まったツアーの最後なんだから。経験が積まれてるんだから、それを活かそうぜ」、「もっと気合いを入れて、感情を表に出して、音を鳴らそう」、「機材や鳴りの違いは問題じゃない。そんなの必然だ。何より、これはツアーの最後の大切なライヴなんだ」、「だから環境にやいのやいの言うのは止めよう。韓国でライヴやれるなんて幸せなんだ。しかも前に来た時のフェスの混乱より遥かにやりやすいじゃないか、今回は………頑張ろう」という会話が4人の中で交わされた。もう、この会話自体がツアー・ファイナルの強さを、その道程の力を感じさせた。

 開演直前。楽屋にも大きく聞こえてくるほど、フロアは大歓声で盛り上がっていた。前説の方の注意を聞くだけで、もう大変な歓声が沸きあがっている。まるで夏のロック・フェスの初日の1発目が始まる瞬間のような、迷いと邪念が全くない、あの感じの盛り上がりだ。しかも腹から声出して盛り上がっているので、気合いが違う感じがする。サッカーの日韓戦に行ったことがあるが、韓国サポーターの応援の声の圧力は凄まじいものがあった。気圧が違うのだ。ギターで言えば、高電圧なアンプから鳴らされたディストーション・ギターのような感じ。―――強そうなのだ。あの感じが今日のフロアからも感じられた。すっごい感性のウェイヴがフロアからステージになだれ込んでくるのだろう、とちゃまと増川が笑いながら楽しそうに、臨むところだという表情で語っている。
 
 本当に最後のライヴが始まろうとしている楽屋、4人は円陣を組んで「最後だぞ、行くぞ、おい!」と声出し合い、そして眩しいほどのステージに向かっていった。ステージの扉を開けるまで藤原はずっとハーモニカを吹いていた。静かーなフレーズを繰りかえし吹いていた。そのハーモニカをケツのポッケに入れて、彼は光の中に飛び込んでいった。

 ライヴが始まった。最初っから凄まじいエネルギーの交流があった。勿論、オーディエンスにはこなれた感じは何処にもない。しかし、まっすぐなエネルギーがステージに投げ掛けられていった。その力技のようなフロアからの空気に、バンドはしなやかな演奏と、穏やかな表情で応えた。韓国のオーディエンスと同じストロング・スタイルで応えるのではなく、バンプ・オブ・チキンならではの、いや、バンプの楽曲が持っている表情独特の「泣きそうな顔で笑っている」、あの感じに近い本質的な彼らのエキスがステージからフロアに飛び散っていった。ここまでのレポートで書いた如く、藤原は流暢な韓国語でMCし、それに韓国のオーディエンスは日本語で応える(笑)。まさに文化交流ここにあり、だ。

 何しろ韓国のファンは歌っていた。勿論、日本語でバンプの歌を歌っていた。僕の印象では初期の曲が凄まじかった。特に“リトルブレイバー”と“k”の熱狂が凄まじかった。“k”のあの性急なるビートに合わせて、「走った 転んだ すでに満身創痍だ」と大声で歌い合う景色は、幾度となくバンプのライヴに参加してきた者にとっても、大きな衝動と鮮烈さを感じるものだった。逆に言うと、バンプの歌が国境を越えて歌いやすい「意味」と「旋律」があることを証明した夜だった。本能的なフロアとステージの掛け合いが絶えず行なわれていたが、お互いにとっての最も熱い共通言語が「音楽」なので、すべてが音楽的な交流となっていった。音響的には、フロアの最後列の辺りにいるとちょっと前で音響がお辞儀しちゃうところが見受けられたが、フロアからの熱狂はお辞儀せずにステージになだれ込んでいた。バンドにとっても得るものが大きい、エネルギッシュなライヴだった。「自分は知ってるぞ、この音楽の骨の髄まで知ってるぞ」というエネルギーの放射のようだった。嘘も真実もない、ここにあるのは「好きだ。そして自分らは今、すげえ瞬間の中にいる」という確信だけという感じだった。
 当たり前の話だが、真っ向真剣勝負のライヴだった。別に韓国最高!で来たわけじゃないし、ツアーの後夜祭的な気持ちを持ち込んだわけじゃない。それは明日の観光だけで十分だ。そうじゃなくて、真っ白な場所で「次」に向かうライヴをしよう―――そんな意志を僕は勝手に嗅ぎ取った。本編の最後は“ロストマン”だった。「最果てなどないと知る」―――“オンリー ロンリー グローリー”から始まったライヴは、「これが僕の望んだ世界だ そして今も歩き続ける 不器用な旅路の果てに 正しさを祈りながら 再会を祈りながら」と歌い、ひとまずは終わった。衝動とエネルギーはハンパない鮮烈なものがあるライヴだった。バンドの笑顔もかなり多かった気がする。しかし、逆に言えばこのツアー全ての中に、それぞれの衝動と混沌と答えがあったようにも思う。その最果てのライヴであり、再会に繋がるライヴがここで開かれた、ということなのかもしれない。何にせよ、心に残るライヴだった。

 終演後、お疲れモードの中でメンバーは何となくぼーっとしていた。ツアーが終わったことと、圧倒的なエネルギーのフロアと「ライヴし合った」後の疲労感と恍惚感が混じった感じに見えた。そして藤原は気を失っていた。半ば気を失い、ソファーに突っ伏していた。メンバーはそんな藤原を優しく黙って見つめていた。
「ツアーが終わると、自分の存在意義が完全になくなったように思えてしまうんだ、そんな自分に心底困っているんだけどね」
 幕張で彼が語ってくれた言葉を思い出した。今、気を失いながらも彼はまた同じ感情に動かされているのだろう。しかし、何にも絶やされていないことをみんなわかっている。だから楽屋には温かい空気が広がっていた。終演から10分後、まだフロアからは大きな声が聞こえていた――――。ノー・ブレインという韓国のバンドのメンバーが訪れていた。前回来た時に知り合ったようだ。

  ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 焼肉で打ち上げした。増川の誕生会を兼ねた打ち上げで増川に与えられたプレゼントは、ドラゴンボールの韓国語Ver.のコミックと、ヨン様写真集。ヨン様の筋肉はなんで必要なのか、についてしばし議論したが、ここから修羅場が始まった。

 題して――――「誰の青唐辛子が一番辛いか大会!!」
 絶対に辛い青唐辛子を店からもらい、それをみんなで次々に食べ合うのだ。このバンドはノリ的に「イッキ!」はないので、非常に珍しい儀式なのだが、んなことはどーでもいい。何故か? もう、すっげえ辛かったからだ。口の中が痛くて痛くて、話も出来ないし、口を開くだけで火を突っ込まれたように熱くて、涙は止まらないし、嬉しい哀しいの感情に動かされない涙って一体何?って、別世界にアタマが行っちゃうほど辛くて、何しろみんなで泣いて苦しんで楽しみ合った。凄いなあ、青唐辛子。韓国に来て、しかも美味しそうなハラミが目の前にたんまりあるのに、全く喰えなくなるのだ。もう、視界からすべてが消え、何で自分はここでこんなにもエクスタシーを感じているのだろうって思う辛さだ。まずは増川が泣いた。ちゃまと升は何となく辛さと手を握り合って上手くやっていた感じがする。そして僕の目の前には「最果てなどないと知」ったと歌っているにも限らず、完璧なまでに「最果てに行っちゃった」男がいた。フジ、お前の悶絶も、涙に腫れた顔面も、すべてが最果てだったよ。最高だった。
 辛さが引くと、今度は底知れぬ空腹感が訪れる。完璧に食い尽くした。骨付きカルビも良かったが、ハラミが格別だった。身の濃さと柔らかさのバランスが絶妙なところにハラミの素晴らしさがあるのだが、そこに本場独特の、さらに身を柔らかくさせる、甘味が強いタレに漬かっている肉は、口の中で「クニュクニュ」というセレナーデを奏でる。肉の血の濃さを存分に味わえながら、すぐに口の中でほぐれていく。まるで名ホストのように勇敢かつサービス精神溢れた肉だった。ダシの利いた甘味と肉の血がハモった味わいは、どんなソースにまみれた優秀なメインディッシュにも勝るとも劣らない野性溢れる逸品だった。焼肉が肉を貪欲に焼くという料理ではなく、タレ(=ソース)によって化学反応を起こした料理を楽しむものだと、初めて感じた。それほど美味しかった。極端に言えば、韓国風のシチューを「焼いている」感じがした。

  ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 打ち上げが終わり、ホテルに戻った。藤原が近づいてきて、「本当に行く?」と訊ねてきた。「勿論」と答えた。朝、彼と「夜中の買い物の約束」をしたのだ。韓国には夜中の5時ごろまで買い物が出来る街のエリアがあって、そこには無数の服屋と屋台料理屋が並んでいるという。「東大門(トンデムン)」という場所だ。そこに行こうと思ったのだ。
このツアーに参加していたカメラマンの蜷川実花さんとカメラマンの古渓くんとA&Rのフッキ―と計5人で向かった。フジが連絡をつけてくれて、終演後、楽屋に訪れたバンド、ノー・ブレインのメンバーがいろいろ教えてくれるという。多分、零下7度ほどの寒さの中、16時ごろから夜中の買い物が始まった。
 藤原が薄手のコートしか持っていなかったので、彼は厚手のものを探し、僕らはただひたすら夜中にこれだけの店が開いていることに驚きを感じていた。上野のアメ横と原宿を足して2で割った感じのエリア、たまにエイプなどのバッタものが売られているエリア。フジはボア付きのフード・ジャンバーを買った。顔の広いノー・ブレインのメンバーの知り合いの知り合いの店だったらしく、随分とまけてもらっていた。感謝。
 最後にみんなで餃子とトック(韓国風の餅)などの料理があるファミレスみたいなとこに入って、喰っては話をしまくった。さらにノー・ブレインの友達も合流し、その友達の友達が偶然働いていた店に入ったので、いい席に座らしてもらったり、地元感バリバリのサービスを夜中買い物でたくさん受けた。それだけでも楽しかったのに、なんか深夜にこれだけ世代も国もやってることも違うメンツで集まって、ファミレスみたいなとこでくっちゃべってるのが楽しくて楽しくてしょうがなかった。大学の頃を思い出した。僕は夜学出身なもので、夜中から朝までこんな感じで過ごしていたなあと。そして眠い目こすって朝からスイス銀行で働いていたなあと、懐かしく思えた。

 藤原もえらく楽しそうだった。ふとした時に、彼は僕にこう言った―――「ねえ、俺さ、ライヴ後にこんな夜遊びしたり、夜更かししたりするの、初めてだよ。……すべて終わってしまったからだよね………でも楽しいね。こういうのすごい楽しい。さっきまで自分の存在価値がなくなっちまったって、死んだように感じていたんだけど、あの気持ちが嘘のように今、楽しい。良かった」。

 今日、喰ったもの。―――石焼ビビンバ大盛り、チヂミ3人前、藤原とちゃまが残した石焼ビビンバ、楽屋海苔巻約3人前、楽屋サンドイッチ約4人前、ライヴハウス近くの街の屋台で食べた「トッポギ(トックという餅をキムチソースで煮込んだ感じの料理。庶民派料理の代表)」を2軒分、焼肉屋でそりゃあもう、大変な量。イチゴ牛乳3個、水餃子、蒸し餃子セット。古渓くん達が残したスープ餃子&トック、藤原が残したスープ餃子&トック。う~ん、満足です。

 喋り尽くし、みんなで名残惜しさを残しながら別れた。ホテルに戻るともう、朝の6時15分だった。いろいろなことがあった目まぐるしい1日だったし、零下7度の寒さの中で風に吹かれまくった1日だったが、とてもあったかい1日だった。

文/鹿野 淳(fact-mag.com
by bumptour | 2005-02-18 16:00
<< 韓国レポート Vol.3 韓国レポート Vol.1 >>
2004/12/19 (日) 韓国2日目

 朝、増川と藤原が「出し抜き」買い物に行ったことを昼の集合時間に知る。何となく「明洞(ミョンドン)」をブラブラしたようだ。

 今日の1発目の行事は、「石焼ビビンバを食べよう!」。今回は仕切りに震えるほどの快感を覚えるという、「鷲鼻のノム」ことマネージャーの野村さんと地元スタッフがかなり絶妙のコーディネートをしたという自負があるらしい。ビビンバ屋に入る時も、「どうだ、びっくりするぜ。口の中が美味しさにヤられるぜ」という表情で自慢気に導いてくれる。
 実際にこれが美味しくて、しかも付け合せの「チヂミ」が、もうムチモチ具合が堪らなくて、はい降参です。メンバーもみんな石まで食い尽くさんばかりの勢いで、ガシガシ食ってます。しかし、一人だけビビンバの赤みが極端に少なく、黄色いどんぶりにスプーンを入れている男がいます。藤原です。僕はとっさに思いました。
「やっぱ、フジはすげえ」
と。何故ならば、彼は今日のライヴのことを考え、喉を炒めては、いや、痛めてはいけないと思ったからこそ、コチュジャンを除いて、喉に優しいどんぶりを食ってるんです。そうに違いありません。ボクサーのようなセルフ・コントロールっぷりに感動を覚えました。僕は言いました、「いつもライヴの前に刺激物を入れないのは、苦痛だろうね」と。藤原は言いました。「いや、だって辛いの、喰えないんだもん」。
 ……………喰えないんだって。苦手なんだって、辛いの。何だ、ただのガキの舌なだけじゃん。「喰えないもんは仕方ないだろ。人生、3%ほど損してるかな?」と語りながら、動じることなくスプーンをすすめてます。

  ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 再びバスに乗り込み、ライヴハウスに向かう。後ろのほうから「ふっふっふ」という腹式呼吸の音が聞こえて来た。しばらくすると、ファルセット・ヴォイスの歌が聞こえてくる。大好きな歌なもので、すぐに何なのか気づいた。マイケル・ジャクソンの“マン・イン・ザ・ミラー”だ。藤原はマイケル・ジャクソンが大好きで、以前からリハーサルの合い間によく“今夜はビート・イット”のギター・リフを弾いていた。今日はギターではなく、歌だ。しかも歌う前に腹式呼吸付きだ。彼にとっては当たり前の作業なのだろうが、バスで歌うのに腹式呼吸を聞いたのは初めてだ。というか、ライヴ・ハウスに行く途中で歌をマジで歌いだすヴォーカリストを見たのも初めてだ。この音楽星人は、骨の髄までストイックです。音楽に関しては――――。
 以前にソウルでライヴをした時の話をしてくれた。フェスに出た時は、ある海外アーティストのマネージャーのエゴイスティックな応対に多くのバンドやスタッフが迷惑したが、その時に猛然と喰って掛かってフェスの流れを取り戻そうとしてくれたのが、今回の韓国サイドのスタッフだという話。「すごい(ライヴが)良かった!」とキスしてきた、ハイテンションなリスナーのこと。いろいろな体験をしたが、一つ一つがとてもハイ・テンションでエネルギーだらけだったと、笑いながら語ってくれた。
  
 ライヴ・ハウスに着いた。かなりの人数のファンが待ち受けている。到着した瞬間にバスを取り囲む。熱狂。バスからメンバーが降りる。熱狂。メンバーが歩く。熱狂。たくさんのプレゼントを渡す。大熱狂。楽屋に入っていく。たどたどしい日本語で「ケッコンシテ~」と大絶叫。凄い歓迎っぷりに驚いていると、ちゃまが「ね、言った通りでしょ」と笑いながらサウンド・チェックに行った。
 ライヴ・ハウスはROLLING HALLというところで、新しいヴェニューだという。大きさは600人マックスな感じ。バンプの東京のホームでもあった下北沢CLUB251とリキッドルームを足して2で割ったぐらいの大きさ。地下にあるのだが、1階にはファミマがドンと営業していた。楽屋には「韓国巻物」が置いてあった。ビビンバの具が巻かれた巻物の寿司。これは日本の回転寿司屋も導入すべきだろう。カリフォルニア巻きやハワイ巻きがあるんだから、ソウルビビンバばんばばば~ん!とかいう名前で廻しに廻したら、このご時世だし結構ウケると思う。美味かったのだ。

 リハ、今年最後のリハを行なっている。電圧が違うことを含め、いつもとは違う状況に戸惑いを見せるスタッフも多かった。外にはさらに多くのオーディエンスが集まり、もう何か、「魂の宴会状態」な感じに見えた。ライヴハウスの前にはパチンコ屋前のお祝いの花のようなものが何個か置いてあって、最初はバンプへの花なのかと思っていたら全然違って、前の晩に開かれたヒップホップ・パーティーのものだった。何で知ったかというと、ずっと凝視している僕に教えてくれた人がいたからだ。

 そう、韓国の言語は、「言葉」以上に「文字」が難しい。

 どう見ても、あのハングル文字の感覚がわからない。中国語は結構わかるんです。漢字だし、文字を見ていると何を語ろうとしているのか、僕は中国ではわかったのです。しかし、中国より距離的に近い韓国の文字は、何をその文字が意味しているのか、全くわからなかった。手がかりすら見つけられなかった。
 基本的に、韓国の文字は、丸と線によって構成されている。僕にはその文字が「文字」ではなく、「マーク」に見えるのね。ロゴというか、マーク。車で移動している時も、都心を外れると、英語もなくマークしか見えなくなる。そうなると、僕には景色の中から文字がなくなって、マークだけが目に飛び込んでくるような錯覚に陥った。―――これは結構、自分の視界にとってはシュールな出来事だった。ちょっとだけ、目の前の景色に酔っ払う感覚だ。
…………さらに言うと、「土偶」なのだ。ハングル語の丸の字が、土偶の面玉のように見えるのだ。土偶の目って、何考えてるのか全くわからないじゃない。しかし、確実に何らかのテレパシーを送っている感じがするじゃない。いや、絶対にあの「眼」は、何かのサインを送っているのだ。けど、それが何なのかわからない。僕は土偶の写真と目が合う度に、「うー、気持ちがわからんで、ほんとすいません」と申し訳ない気持ちを感じる。それだけ土偶の目の玉の丸にはオーラがあるのだ。それと同じ。ハングル語の丸にはオーラとエネルギーを感じる。しかし、それが何なのかわからない。

 と、不思議そうに花輪の文字を見ていたら、韓国のバンプのファンが「これはバンプとは関係ないから」と教えてくれたのだ。その方々は僕の顔も名前も知っていた。日本から音楽雑誌を取り寄せてチェックしたりしているようだ。凄い情報力だ。以前『ロッキング・オン・ジャパン』を作っていた時、読者の方から韓国土産として一つの雑誌をもらった。それはたしか「ロッキン・ジャパン」という名前のもので、中身は日本のヴィジュアル系のバンドを扱っている韓国の音楽誌だった。まだあるのかなあ? 今回の旅行では見つけられなかったが。見つけられなかったといえば、本屋が本当に少なかった。CDショップも少ないなあと思ったが、でもライヴハウスの周りは大学街ということもあり、結構あった。でも本屋は本当に巡り合わなかった。これはどういうことなんだろうな?

 そんなふうに街のチェックを入れている間にリハーサルが終わった。やはりいろいろと難しかったようだ。しかし、バンドは今回のツアーで随分とタフになった。幕張でもいろいろな難しい局面があったが、葛藤を乗り越えてここまで来た。だからなのだろう、メンバーそれぞれが「遊びで来たんじゃないから」、「ZEPP東京から始まったツアーの最後なんだから。経験が積まれてるんだから、それを活かそうぜ」、「もっと気合いを入れて、感情を表に出して、音を鳴らそう」、「機材や鳴りの違いは問題じゃない。そんなの必然だ。何より、これはツアーの最後の大切なライヴなんだ」、「だから環境にやいのやいの言うのは止めよう。韓国でライヴやれるなんて幸せなんだ。しかも前に来た時のフェスの混乱より遥かにやりやすいじゃないか、今回は………頑張ろう」という会話が4人の中で交わされた。もう、この会話自体がツアー・ファイナルの強さを、その道程の力を感じさせた。

 開演直前。楽屋にも大きく聞こえてくるほど、フロアは大歓声で盛り上がっていた。前説の方の注意を聞くだけで、もう大変な歓声が沸きあがっている。まるで夏のロック・フェスの初日の1発目が始まる瞬間のような、迷いと邪念が全くない、あの感じの盛り上がりだ。しかも腹から声出して盛り上がっているので、気合いが違う感じがする。サッカーの日韓戦に行ったことがあるが、韓国サポーターの応援の声の圧力は凄まじいものがあった。気圧が違うのだ。ギターで言えば、高電圧なアンプから鳴らされたディストーション・ギターのような感じ。―――強そうなのだ。あの感じが今日のフロアからも感じられた。すっごい感性のウェイヴがフロアからステージになだれ込んでくるのだろう、とちゃまと増川が笑いながら楽しそうに、臨むところだという表情で語っている。
 
 本当に最後のライヴが始まろうとしている楽屋、4人は円陣を組んで「最後だぞ、行くぞ、おい!」と声出し合い、そして眩しいほどのステージに向かっていった。ステージの扉を開けるまで藤原はずっとハーモニカを吹いていた。静かーなフレーズを繰りかえし吹いていた。そのハーモニカをケツのポッケに入れて、彼は光の中に飛び込んでいった。

 ライヴが始まった。最初っから凄まじいエネルギーの交流があった。勿論、オーディエンスにはこなれた感じは何処にもない。しかし、まっすぐなエネルギーがステージに投げ掛けられていった。その力技のようなフロアからの空気に、バンドはしなやかな演奏と、穏やかな表情で応えた。韓国のオーディエンスと同じストロング・スタイルで応えるのではなく、バンプ・オブ・チキンならではの、いや、バンプの楽曲が持っている表情独特の「泣きそうな顔で笑っている」、あの感じに近い本質的な彼らのエキスがステージからフロアに飛び散っていった。ここまでのレポートで書いた如く、藤原は流暢な韓国語でMCし、それに韓国のオーディエンスは日本語で応える(笑)。まさに文化交流ここにあり、だ。

 何しろ韓国のファンは歌っていた。勿論、日本語でバンプの歌を歌っていた。僕の印象では初期の曲が凄まじかった。特に“リトルブレイバー”と“k”の熱狂が凄まじかった。“k”のあの性急なるビートに合わせて、「走った 転んだ すでに満身創痍だ」と大声で歌い合う景色は、幾度となくバンプのライヴに参加してきた者にとっても、大きな衝動と鮮烈さを感じるものだった。逆に言うと、バンプの歌が国境を越えて歌いやすい「意味」と「旋律」があることを証明した夜だった。本能的なフロアとステージの掛け合いが絶えず行なわれていたが、お互いにとっての最も熱い共通言語が「音楽」なので、すべてが音楽的な交流となっていった。音響的には、フロアの最後列の辺りにいるとちょっと前で音響がお辞儀しちゃうところが見受けられたが、フロアからの熱狂はお辞儀せずにステージになだれ込んでいた。バンドにとっても得るものが大きい、エネルギッシュなライヴだった。「自分は知ってるぞ、この音楽の骨の髄まで知ってるぞ」というエネルギーの放射のようだった。嘘も真実もない、ここにあるのは「好きだ。そして自分らは今、すげえ瞬間の中にいる」という確信だけという感じだった。
 当たり前の話だが、真っ向真剣勝負のライヴだった。別に韓国最高!で来たわけじゃないし、ツアーの後夜祭的な気持ちを持ち込んだわけじゃない。それは明日の観光だけで十分だ。そうじゃなくて、真っ白な場所で「次」に向かうライヴをしよう―――そんな意志を僕は勝手に嗅ぎ取った。本編の最後は“ロストマン”だった。「最果てなどないと知る」―――“オンリー ロンリー グローリー”から始まったライヴは、「これが僕の望んだ世界だ そして今も歩き続ける 不器用な旅路の果てに 正しさを祈りながら 再会を祈りながら」と歌い、ひとまずは終わった。衝動とエネルギーはハンパない鮮烈なものがあるライヴだった。バンドの笑顔もかなり多かった気がする。しかし、逆に言えばこのツアー全ての中に、それぞれの衝動と混沌と答えがあったようにも思う。その最果てのライヴであり、再会に繋がるライヴがここで開かれた、ということなのかもしれない。何にせよ、心に残るライヴだった。

 終演後、お疲れモードの中でメンバーは何となくぼーっとしていた。ツアーが終わったことと、圧倒的なエネルギーのフロアと「ライヴし合った」後の疲労感と恍惚感が混じった感じに見えた。そして藤原は気を失っていた。半ば気を失い、ソファーに突っ伏していた。メンバーはそんな藤原を優しく黙って見つめていた。
「ツアーが終わると、自分の存在意義が完全になくなったように思えてしまうんだ、そんな自分に心底困っているんだけどね」
 幕張で彼が語ってくれた言葉を思い出した。今、気を失いながらも彼はまた同じ感情に動かされているのだろう。しかし、何にも絶やされていないことをみんなわかっている。だから楽屋には温かい空気が広がっていた。終演から10分後、まだフロアからは大きな声が聞こえていた――――。ノー・ブレインという韓国のバンドのメンバーが訪れていた。前回来た時に知り合ったようだ。

  ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 焼肉で打ち上げした。増川の誕生会を兼ねた打ち上げで増川に与えられたプレゼントは、ドラゴンボールの韓国語Ver.のコミックと、ヨン様写真集。ヨン様の筋肉はなんで必要なのか、についてしばし議論したが、ここから修羅場が始まった。

 題して――――「誰の青唐辛子が一番辛いか大会!!」
 絶対に辛い青唐辛子を店からもらい、それをみんなで次々に食べ合うのだ。このバンドはノリ的に「イッキ!」はないので、非常に珍しい儀式なのだが、んなことはどーでもいい。何故か? もう、すっげえ辛かったからだ。口の中が痛くて痛くて、話も出来ないし、口を開くだけで火を突っ込まれたように熱くて、涙は止まらないし、嬉しい哀しいの感情に動かされない涙って一体何?って、別世界にアタマが行っちゃうほど辛くて、何しろみんなで泣いて苦しんで楽しみ合った。凄いなあ、青唐辛子。韓国に来て、しかも美味しそうなハラミが目の前にたんまりあるのに、全く喰えなくなるのだ。もう、視界からすべてが消え、何で自分はここでこんなにもエクスタシーを感じているのだろうって思う辛さだ。まずは増川が泣いた。ちゃまと升は何となく辛さと手を握り合って上手くやっていた感じがする。そして僕の目の前には「最果てなどないと知」ったと歌っているにも限らず、完璧なまでに「最果てに行っちゃった」男がいた。フジ、お前の悶絶も、涙に腫れた顔面も、すべてが最果てだったよ。最高だった。
 辛さが引くと、今度は底知れぬ空腹感が訪れる。完璧に食い尽くした。骨付きカルビも良かったが、ハラミが格別だった。身の濃さと柔らかさのバランスが絶妙なところにハラミの素晴らしさがあるのだが、そこに本場独特の、さらに身を柔らかくさせる、甘味が強いタレに漬かっている肉は、口の中で「クニュクニュ」というセレナーデを奏でる。肉の血の濃さを存分に味わえながら、すぐに口の中でほぐれていく。まるで名ホストのように勇敢かつサービス精神溢れた肉だった。ダシの利いた甘味と肉の血がハモった味わいは、どんなソースにまみれた優秀なメインディッシュにも勝るとも劣らない野性溢れる逸品だった。焼肉が肉を貪欲に焼くという料理ではなく、タレ(=ソース)によって化学反応を起こした料理を楽しむものだと、初めて感じた。それほど美味しかった。極端に言えば、韓国風のシチューを「焼いている」感じがした。

  ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 打ち上げが終わり、ホテルに戻った。藤原が近づいてきて、「本当に行く?」と訊ねてきた。「勿論」と答えた。朝、彼と「夜中の買い物の約束」をしたのだ。韓国には夜中の5時ごろまで買い物が出来る街のエリアがあって、そこには無数の服屋と屋台料理屋が並んでいるという。「東大門(トンデムン)」という場所だ。そこに行こうと思ったのだ。
このツアーに参加していたカメラマンの蜷川実花さんとカメラマンの古渓くんとA&Rのフッキ―と計5人で向かった。フジが連絡をつけてくれて、終演後、楽屋に訪れたバンド、ノー・ブレインのメンバーがいろいろ教えてくれるという。多分、零下7度ほどの寒さの中、16時ごろから夜中の買い物が始まった。
 藤原が薄手のコートしか持っていなかったので、彼は厚手のものを探し、僕らはただひたすら夜中にこれだけの店が開いていることに驚きを感じていた。上野のアメ横と原宿を足して2で割った感じのエリア、たまにエイプなどのバッタものが売られているエリア。フジはボア付きのフード・ジャンバーを買った。顔の広いノー・ブレインのメンバーの知り合いの知り合いの店だったらしく、随分とまけてもらっていた。感謝。
 最後にみんなで餃子とトック(韓国風の餅)などの料理があるファミレスみたいなとこに入って、喰っては話をしまくった。さらにノー・ブレインの友達も合流し、その友達の友達が偶然働いていた店に入ったので、いい席に座らしてもらったり、地元感バリバリのサービスを夜中買い物でたくさん受けた。それだけでも楽しかったのに、なんか深夜にこれだけ世代も国もやってることも違うメンツで集まって、ファミレスみたいなとこでくっちゃべってるのが楽しくて楽しくてしょうがなかった。大学の頃を思い出した。僕は夜学出身なもので、夜中から朝までこんな感じで過ごしていたなあと。そして眠い目こすって朝からスイス銀行で働いていたなあと、懐かしく思えた。

 藤原もえらく楽しそうだった。ふとした時に、彼は僕にこう言った―――「ねえ、俺さ、ライヴ後にこんな夜遊びしたり、夜更かししたりするの、初めてだよ。……すべて終わってしまったからだよね………でも楽しいね。こういうのすごい楽しい。さっきまで自分の存在価値がなくなっちまったって、死んだように感じていたんだけど、あの気持ちが嘘のように今、楽しい。良かった」。

 今日、喰ったもの。―――石焼ビビンバ大盛り、チヂミ3人前、藤原とちゃまが残した石焼ビビンバ、楽屋海苔巻約3人前、楽屋サンドイッチ約4人前、ライヴハウス近くの街の屋台で食べた「トッポギ(トックという餅をキムチソースで煮込んだ感じの料理。庶民派料理の代表)」を2軒分、焼肉屋でそりゃあもう、大変な量。イチゴ牛乳3個、水餃子、蒸し餃子セット。古渓くん達が残したスープ餃子&トック、藤原が残したスープ餃子&トック。う~ん、満足です。

 喋り尽くし、みんなで名残惜しさを残しながら別れた。ホテルに戻るともう、朝の6時15分だった。いろいろなことがあった目まぐるしい1日だったし、零下7度の寒さの中で風に吹かれまくった1日だったが、とてもあったかい1日だった。

文/鹿野 淳(fact-mag.com
by bumptour | 2005-02-18 16:00 バンプオブチキンExcite エキサイト: ミュージック: BUMP OF CHICKEN: BUMP OF CHICKEN TOUR DIARY
by bumptour
プロフィールを見る
画像一覧
-->